臆病な自分に嫌気がさす。

ここから動けない自分が嫌になる。

だけど、この言いようもない恐怖感にどうすることも出来ない自分がいる。

君はどうして、前に進むことが出来るのかな・・・。

教えてよ・・。

 

 

第十七章 〜夢のおわり〜

 

 

「ルカ!元気出してよ! これで良かったんだから。」

食事中、俯いたまま食事に手を付けない彼女に金髪の少女が声をかける。

彼らは宿屋にて一泊する予定だ。

彼女のただならぬ様子に他の団員も心配そうな視線を彼女に向けていた。

彼女の目の前には野菜がたっぷり入ったクリームシチューが湯気をたてている。

「ルカ、何があった?」

団長が優しく声をかける。

しかし、彼女は俯いたまま何も言わない。

「ルカ、ここの町長さんがまた明日、君の舞を見たいと言ってるんだ。また明日広場で・・・」

団長のその言葉をルカは頭を振って遮った。

「ルカ?」

「・・・踊れません。私、暫くは踊れない・・・。」

俯いたまま答える。服を掴んでいる彼女の手の力が強くなった。

「ルカ、一体・・・」

「いいかげんにしなよ!ルカ!」

金髪の少女が声を上げ、ルカは顔を上げて少女を見た。

「あの人達と一緒に行けばよかったって思ってるの!? 後悔してるの!? 何で!! だってあの人達は!!」

なぜ後悔する必要があるのか!

あの人達に付いていく事が何を意味するか知っているだろうに!!

少女の声を団長が手を上げて遮る。

「話してくれないか?君たち2人だけが事情を知っているのであって

私含め他の団員は何があったのか知らないんだ。」

団長の静かな声。

少女は暫く黙ると息を吐き話し始めた。

突然現れた兵士、2人の旅人、そして彼らが十字架の痣を持った人物を探していること・・。

 

「十字架の痣・・・ルカが持っているあの痣か?」

ルカの痣の事は団員皆が知っていることだ。

それが何を意味するのかは知らない。

彼らが何故その痣を持った人物を探しているのかは知らない・・・。

しかし、あの兵士たちがこの痣を持った者を探しているのは知っている。

 

半年も前になるだろうか・・・彼らはある町に立ち寄り、

物資の補給がてらそこで公演することになった。

今や公演を始めようとした時、突然黒装束の兵士たちが現れたのだ。

公演の際の何かの注意だろうか、しかしこんな田舎町でこのような兵士がいること自体がおかしい・・・。

そう思った団長はルカと共にその兵士に近づこうとした・・・。

そして聞いたのだ。

「歯車を・・・探せ。」

「十字架の痣を持つもの・・・。」

「歯車を探せ・・。」

「そして殺せ・・。」

「息の根を・・・止めろ!!」

ルカは反射的に自分の鎖骨にある痣を見た。

団長も驚いた目で彼女を見る。

兵士たちの声は聞こえる。

「探せ! 何としても・・・‘時’が来れば歯車は自ずと集まりだす・・。その前に・・・探せ!」

 

彼女たちは急いで馬車に駆け戻った。

そしてその町を出たのだ。

なぜ、どうして・・・という疑問と共に。

 

このことは団員の皆に伝えられた。

理由は分からない・・。

しかし、十字架の痣を持つ者を狙っている者がいること・・。

そして奴らはその者を殺そうとしていること。

つまり・・ルカが十字架の痣を持っていると分かれば殺されてしまうということ・・。

 

私、ここを出ます、あの時そうルカは言った。

いつ自分がこの痣を持っていると知れるか分からない。

もし知られたらこの団員皆が危険な目に遭うかもしれない。

家族のようにいつも一緒だったこの人達・・・。

いや、家族だ。

そんな大切な皆を危険な目に遭わすなんて自分には・・・出来ない。

しかし、団長はこう言った。

「ルカ、出て行くことはない。心配しなくてもいい。

お前がその痣を持っていると分からないように、私たち皆がお前を守るよ。だって・・・家族じゃないか。」

「そうだ! ルカは何も悪いことをやっていないんだ!それなのにどうして殺される必要がある!」

他の団員も声を上げる。

「俺たちの一座の舞姫を殺そうなんて、絶対にさせねぇ! なぁ皆!!」

団員の掛け声が上がる。

ルカは言葉が出なかった。

嬉しかった。

涙が止まることなく溢れ、喉がつまり、声にならないような声で

ありがとう・・・

そう何度も繰り返した。

 

 

 

 

「あれから半年・・・。奴らの言っていた‘時’が来たのか・・・?」

団長が呟く。

「あの2人はルカを探してた。十字架の痣を持つ人を。2人のうち1人は十字架の痣を持ってた。

自ずと集まるっていうのはそういう意味なんだと思う・・・。」

「十字架の痣を持つもの同士が集まると言うことか・・・。」

少女の言葉に団員の一人が息を吐く。 

「あの人たちにルカが痣を持ってるって知れればきっと一緒に行かなければならないよ・・・

だから、私、あの人たちに嘘をついたの。

十字架の痣を持つ人を知ってる。その人はこの先の村にいたって。」

そう言って金髪の少女は団長のほうに視線を向ける。

「これで、よかったのよね。あの人達と一緒に行けばきっとルカは危険な目に遭う。

殺されてしまうかも、死んでしまうかもしれないもん!」

少女の言葉にあたりは団員たちは黙り込む。

彼らの心は彼女と同じだった。

そうだ、彼らと行かなくてよかった。

家族同然のルカが危険な目に、死んでしまうかもしれない目にあってほしい訳がないのだ。

 

「ルカ・・・。」

団長が優しく彼女に声をかける。

「私たちの気持ちは彼女と同じだ。

私も正直・・・お前が彼らと一緒に行かなくて良かったと思う。

でも・・お前はどうなんだい? お前の顔はさっきから泣きそうな顔をしているが・・。」

ルカは団長の目を真っ直ぐに見た。

優しそうな瞳・・・兄のような表情にルカは思わず涙が出そうになる。

「わからないの・・・怖いの。 死ぬかもしれない・・・殺されてしまうかもしれない・・・

リョウ達と一緒に行ったらそんな危険がある・・。

でも・・・私の心のどこかが、行きなさい、彼らと一緒に行きなさいって言うの。

でも・・私死ぬのは怖い。そんな危険な目に遭うのは怖い・・・皆と一緒に旅をしていたいって。

でも・・・でも・・・。」

恐らく心の中がぐちゃぐちゃなのだろう・・・。

半ば支離滅裂な言葉で説明する彼女の頭を優しく撫でた。

自分の中にある恐怖心とやはり自分の中にある何かの使命感。

その2つが葛藤しているのだと彼は思う。

人には大なり小なり使命がある、そう父が、先代の団長が言っていた言葉を思い出した。

自分にも、彼女にも使命がある。

生まれながらにして持った使命。

彼女が十字架の痣を持ったことも1つの使命なのかもしれない・・・。

 

「ルカ・・・」

 

彼がそう口を開いた時だった。

 

「っ!!」

突然彼女は頭を抑えてうずくまった。

「ルカ!? どうした!!」

団員たちは彼女の傍に駆け寄る。

彼女の顔は真っ青で息も荒い。

 

くるしい・・。

痛い・・・!

頭を締め付けられる痛さに彼女は思わず呻いた。

どうして・・・突然、これは一体・・。

絶えられないこの痛さに涙が出てくる・・。

痛い・・痛い・・・。

胸も苦しい・・全身が痛い・・。

 

ふと彼女の頭によぎった。

私は、この感覚を知ってる・・・。

リョウ達と出会う直前・・・。

そう、あの時と同じ・・・。

 

 

 

彼女はふらふらと立ち上がると宿屋の外に出る。

 

 

 

そう、それは・・・夢の終わり。

 

この定めから抗うことは出来ない。

 

 

彼女の前に立っていたのは

リョウ達でも黒装束の兵士でもなかった・・・。

 

「あなた・・・誰?」

 

目の前の人物の栗色の長い髪が風にのって揺れた。

 

 

 

 

 

第十七章 〜夢のおわり〜  Fin